イジワル御曹司に愛されています
「名央、お前次第だよ、どうする?」

「俺は…」

「死んだ親父のちょっといい話と、その子、どっち取る?」


都筑くんの、こくりと喉の鳴る音。


「都筑くん…」


「黙ってろ」と彼がすばやくささやいた。私は男の人たちを刺激しないよう、こわごわ手を動かして、都筑くんの胸元のシャツを握りしめる。


「ダメだよ、あきらめちゃ」

「懲りないね、お嬢さん」

「やめてくれ…!」


髪の毛一本漏らさないよう、かき集めるように私を胸に抱いて、必死にかばってくれているのを感じる。私は私で必死だった。


「あきらめちゃダメだよ」

「名央、書くか?」

「都筑くん…!」


痛いくらいの力で、私を抱きしめる腕。ごめん、足かせになっておいて、私が言うことじゃないかもしれないけれど。


「あきらめないでよ、都筑くん!」

「書くか?」


ぎゅうっと身体に食い込む手から、苦しいくらいの迷いを感じる。

都筑くん、がんばって、あきらめないで。尊敬していたお父さんが、都筑くんを信じて遺してくれたものなんだよ。


「俺は…」


あきらめないで、都筑くん。


「俺は…書かない」

「なんだって?」


私を抱く腕に、ぐっと力が込められた。壊れそうなくらい激しく鳴る、心臓の音。


「俺は、書かない」
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