イジワル御曹司に愛されています
背中に手を回すと、さっきよりずっと熱い。お返しみたいに抱きしめてもらって、思わず吐息が漏れた。


「俺、千野には情けないところばかり見られてる…」


首筋に吹き込まれるような、弱々しい声。情けないなんて思ったことなかったけれど、今の声音は確かに、情けない。

かわいく思えて、頭をなでた。


「よしよし」

「案外すぐ図に乗るのな」

「調子のいい末っ子だもん」


ははっと笑って「そっか」と都筑くんが腕に力を込める。

私はその明るい声に安心して、降り注ぐキスを受け止めた。


* * *


「叔父は、けっこうあれこれやばいことやってたみたい」

「どんな?」

「うーん…主には脅しだな、この間みたいな。あれ一歩間違ったら犯罪だろ?」


間違わなくてもすでに犯罪だったと思うよ。

手際よく段ボールに荷物をまとめ、ぴっぴっと鮮やかにガムテープで封をしていく都筑くんを見ながら内心で思った。


「あれの手荒いのをね、やってたらしくて」

「えっ、まさか自分のところの社員に対して?」

「いや、さすがに外部。銀行とかテナントとか、あとは自治体とかね。やられた相手もそれなりにあくどいことしてたみたいだから、お互いさまではあるんだけど、あの人ほら、容赦ないから」


容赦はなかった、確かに。

今にして思えば、たぶんあれでも、かつてかわいがっていた都筑くん相手だから、手控えていたんじゃないだろうか。


「俺になにかしたら、週刊誌に一切合切リークするぞって書かれた、親父の遺言書が見つかったんだって」

「それでこの間、泡食って退散したんだ」

「そう。親父は記者に友達もいたから、たぶんもう証拠なんかは渡ってるんだと思う。それを記事にされたら、叔父は経済界で存在を抹消されてもおかしくない。焦っただろうな、相当」


なるほどね、と梱包を手伝いながらうなずいた。あれだけ会社に執着していた人にとって、それはあってはならない事態だろう。

都筑くんはまた引っ越してしまうんだそうだ。


『勤め先も変わったし』


そう言ってあっさりと、次住む場所を見つけてきてしまった。そしてすぐに引っ越し。フットワークが軽いのも考えものだ。


「せめて月末まで住むとか…」
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