イジワル御曹司に愛されています
ぶつぶつと垂れる文句を聞きつけ、背中合わせに作業をしていた都筑くんが振り返った。


「この間で、嫌な思い出もできたし、別におかしくないだろ」

「そうだけど…」


これじゃ街歩きにも張り合いがなくなってしまう。いや、もとから自分のためにやっていたことなんだけれど。

うつむいて雑貨を箱に詰めていた私のうなじに、突然彼が噛みついた。

跳ね起きてそちらを見ると、作業の手を止めもせずいたずらしたらしい都筑くんが、にやっと笑う。


「いい思い出もできたから、未練がないわけじゃないんだけどね」

「…あ、そう」

「今度は、距離はあるけど同じ路線だよ」

「あ、そう…」


そんな情報くらいで、頬が熱くなってしまうとか、簡単すぎる、私。

なんだかな。どういう関係なのかな、これ。って、ややこしくしたのは私なんだけど。

小さめの箱に封をして、デスクの上に取り掛かろうとしたとき、透明な瓶が目に留まった。丸い銀色のキャップを取ってみると、都筑くんの香りがふわっとする。


「これ、いつもつけてる香水? すごくいい匂いだよね」

「気に入った? ならあげるよ、それ。俺は新品があるから」


クローゼットの引き出しを次々空にしながら、こともなげに言う。

いやいや、そんな片づけの一環みたいに言われても。好きな人の香水なんて、しかも使いかけなんて、持っていたら心臓に悪いよ。

だがしかし、いらないのかと問われたら、いる。

残り少なくなっている瓶をシュッと頭上にスプレーしたら、たちどころにあたりが都筑くんの匂いに染まってしまい、慌てたところを「なにやってんの」と怪訝そうにされた。


「疲れた、ちょっと休憩」

「私、飲み物買ってくる」

「いいよ、あとで一緒にコンビニ行こう」
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