イジワル御曹司に愛されています
話していたら、ちょうど一小間ブースの並ぶエリアを通りかかった。小さなスペースに器用に展示物を並べ、それでも商談の列ができている。


「すごい活気」

「面白いだろ」


面白い。これが都筑くんのしていた仕事の、集大成なんだね。人と人とをつなげる仕事。


「今はどんなお仕事してるの?」

「菓子事業の営業。基本は大手スーパーの担当だから、バイヤーに新商品の案内したり、キャンペーンや売り方の提案したり。あと店舗にも顔出す」

「また歩き回る感じのお仕事だ」

「めちゃくちゃ会社にこき使われてるよ。大株主なのにさ」


むくれてみせる彼からは、充実している気配を感じる。なにか吹っ切れたのかもしれない。ふとしたときに見せていた陰りが、消えている気がする。


「ここ、施設内にあんまり食うとこないんだ。近場のカフェでいい?」

「うん、どこでも」

「じゃあ一度出るぜ」


再入場口を通って屋外へ出ると、夏を感じさせる青い空が広がっていた。周りに高い建物がないせいで、開放的な景色だ。

敷地を少し歩くとカフェがある。分煙の仕切りのない店内で、遠慮する都筑くんを促して喫煙席のほうへ行き、信じられないものを見た。

窓際の席で、書類とPCを広げて煙草をくわえているスーツ姿の男性。少し離れた場所で足を止めた私たちに、向こうも気がついた。


「名央」


都筑くんのほうは、声も出ない。

怜二さんの視線が私に向けられると、はっと私を背後にかばってから、さすがにこんな場所でその必要はないと思い直したらしい。いくつかテーブルを通りすぎ、窓際へ近づく。


「叔父さん」

「なんだ、平日の真昼間からまたデートか。いいな、若いってのは」


かけていた細いフレームの眼鏡を胸ポケットにしまうと、煙草を灰皿でつぶし、コーヒーカップに口をつける。そうしていると、どこにでもいる、切れそうなビジネスマンだ。
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