イジワル御曹司に愛されています
「この会社で、都筑姓ということは、創業者の家系かね?」

「そうです、よくおわかりに」

「とすると先日亡くなった陽一(よういち)氏は、きみの…」

「父です」


先生の目が驚きに見開かれ、次いで優しく細められる。


「そうか。…いや、そうか」

「父をご存じでしたか?」

「私の大学に、卒業生として少なくない寄付をずっと続けてくれていてね。私は学部長でもある関係で彼を知っていたし、そのつながりで個人的に飲んだこともあった」


カウンターの上に置かれたメニューを眺めつつ、好意的な視線を都筑くんに投げ、何度かうなずいた。


「清廉な人柄に、食わせものの空気も持ち合わせた、人を飽きさせない御仁だった。私は彼が好きだった。きみが彼のご子息というのは、非常に納得だよ」


都筑くんが息をのみ、一瞬なにも話せなくなる。


「しかし葬儀できみを見かけた記憶がないんだが…」

「いらしてくださっていたんですね。ええと、お恥ずかしい話ですが、家庭の事情がいろいろとありまして」

「やっぱりね。彼からも少し聞いていた」


眉を上げて微笑むと、店員さんにコーヒーとトーストをオーダーする。


「信頼できる息子がいるなら、なんらか形のあるものでそれを表してやるべきとアドバイスしたのは私だ。お父上からなにか受け取ったかね?」


都筑くんはぽかんとし、次いで苦笑する。私もつられて笑った。


「ええ、厄介の種を」

「大人物からの信頼というのは、往々にして厄介を生むものさ」

「先生、お席までお持ちします」


先生がお財布を取り出す前に、私は声をかけた。

無用な押し問答を始めることもなく「ありがとう」とだけ微笑み、背の高い姿が混雑した座席をぬって歩いていく。

先生のぶんの会計をしている横で、都筑くんが、はあっと息をついた。
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