イジワル御曹司に愛されています
プラスチックカップのストローを噛んで、都筑くんは「見てない」と無頓着に首を振った。カップには"同じTシャツ持ってます!"という店員さんのメッセージが書いてある。

一見そうとわからないけれど、実はメジャーバンドのライブTシャツらしく、都筑くんは『またあのコーヒーショップ行く』と喜んでいた。


「見ようよ」

「千野が見といてよ」

「都筑くんが住んでる街でしょ?」

「街歩き好きだろ?」


口頭での決着はつかなかったけれど、どうせ私は今後この街に通い、都筑くんに情報提供するために歩き倒すに違いない。こういうところ、なんだかんだ都筑くんて甘え慣れているというか、人を使い慣れているんだよね…。

都筑くんの新しい部屋がある駅。休みである今日は、映画を一本観て、遅めのお昼を食べて、ここに移動してきた。私としては初めて降り立つ場所だ。

コンビニで飲み物を選び、ふとレジ横のお菓子に気を取られていると、都筑くんが何気なくそれを取ってカウンターに置いた。こういうの、くすぐったい。

一歩先に歩く彼が、お店を出たところで左手を出して待っていてくれて、差し出した私の右手を、浅く指を絡めて握る。ますますくすぐったい。

マンションまではすぐだった。さすが通勤の便を最優先に移り住む人だけあって、駅近にしか住まない主義なんだろう。

「そこ」と彼が指さして教えてくれた建物の前に、誰かが立っている。それを見た都筑くんは「あ」と気心知れたふうに片手をあげた。

スーツ姿の小柄な男性が、それを受けてにこりと笑う。

あれ? あの人、どこかで…。


「まーた見張ってんの、久芳(くば)さん」

「違いますよ、今日はたまたま近くに来たから、様子を見に寄ったんです」

「叔父さんはおとなしくしてるんでしょ?」

「目立った動きはないですね」


会話をしながら、都筑くんが平然と彼を置いてマンションに入ろうとしたので、思わず手を引いて止めた。


「あの、いいの?」

「いいのって?」

「…どなた?」

「ああ」
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