イジワル御曹司に愛されています
「なんです?」

「なんでもない。いずれ飲む機会でもあったら聞いてみる。それじゃあね」

「寿さんとごゆっくり」


どんな集団にも溶け込めそうな顔立ちを、にこっと微笑ませて、久芳さんは路地のどれかに消えた。弁護士というより、隠密みたいな人だ。


「千野の名前も把握済みか…」

「心強いね、あんな人が味方で」

「絶対敵に回したくないタイプだよな」


エレベーターを待ちながら、都筑くんが首をすくめる。確かに、穏やかに見えて、なにをしてもおかしくない凄みを持った人だった。


「6階が好きなの?」

「そんなわけねーだろ、偶然だよ」


都筑くんの部屋は、またしても6階。今度は通りからは見えない、廊下の奥だ。

上がると、カーテンも家具も同じだけあって、前の部屋とほとんど変わらない雰囲気。


「もう都筑くんの匂いがする」

「俺じゃなくて、香水の匂いだろ」

「でもねえ、もらったのを自分で使ってみても、完全には同じ匂いにならないんだよね。やっぱりつける人によって違うみたいで」


あーそう、とキッチンのほうから気のない声が聞こえてきた。

洗面所で手を洗い、ローテーブルに飲み物を並べる。あと私のためのお菓子。


「営業してるのに、こういうお菓子食べないの?」

「食ってるよ。昔からうちの製品も競合のも、嫌になるほど食ってる。でも売り方とか味の違いとかパッケージとか、つい分析しちゃって楽しめない」

「だからこういうときは食べないんだ」

「そう」


なるほど。食品メーカーに勤める人ならではの悩みかな。

テレビのリモコンを求めて、テーブルの向こうの隅に手を伸ばしたら、ちょうど彼の前にさらすことになった首筋に、チュッと音を立てて吸いつかれた。

そこを手で押さえて隣を見ると、整った顔がにやっと笑う。


「無防備」

「都筑くんてさあ…」


う、顔が熱くなってくる。
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