イジワル御曹司に愛されています
話題がうまく千野からそれたことに安堵の息をついてから、「一服しに行こうぜ」と誘った。ニコチンでも摂取しないと、頭が働きそうになかったからだ。

しっかりしろよ。これからは千野を相手に仕事するんだぞ。

会社的に意義のある、重要な取引の開始でもある。みっともないことは絶対にできない。

廊下を歩きながら、自分に言い聞かせた。

しっかりしろよ、俺。


* * *


『名央の予測が、現実になってきましたね』

「俺にも叔父さんと同じ血が流れてるからだよ、たぶん」


わかるんだよ、と心中で続けた。

電話口の久芳も、名央と同じように残念そうな息をついている。怜二がいよいよなりふりかまわなくなってきたのだ。

正当な人事に見せかけるのは、ほんの一時期だけだと名央は確信していた。怜二はじきに、都合の悪い人間を露骨に弾き出すようになるだろう。そうしても危険のないよう手を回して。

組織がピラミッド構造をしていると、こういうときに悪い。てっぺん付近のほんの数人さえ丸め込んでしまえば、事足りるのだから。

現社長の陽一の具合が芳しくない今、怜二は誰が見ても次期もしくはその次のトップに近い位置にいる。おこぼれにあずかろうとする人間は多い。


「大事な人、絶対逃がさないでね。もう少しだけ辛抱してもらって」

『怜二は最近、ちょっと脇が甘くなってきたようですよ』

「証拠、取れそう?」

『おそらくは』


よし。

怜二を追い落とす材料さえそろえばこちらのものだ。一派ごと追い出しても、息を潜めて耐えてくれている優秀な幹部候補たちがいれば、会社は立て直せる。

名央はコーヒーカップの縁を噛んだ。

こんなことがしたいわけじゃないのに。父と叔父とが協業して、家業を発展させていくのを手伝うことを、幼いころから夢見ていたのに。

喫茶店のドアベルが、レトロな音をたてた。


「久芳さん、ごめん、またかける」
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