イジワル御曹司に愛されています
入ってきた人物が、すぐに名央を見つけ、片足をかばいながら寄ってきた。


「ごめんね、待った?」

「いや」


千野がにこにことバッグを胸に抱き、名央の引いた椅子に座る。


「出がけにつかまっちゃった。昨日、風力発電機の火災があったの知ってる?」

「ネットで見たかな」

「その記事を書くためにね、週刊誌から電話取材があったの。対応したのは先輩なんだけど、どうあっても風力発電の未来のなさを語らせたいらしくて」

「誘導尋問?」

「先輩、もう頭に来ちゃって、フロアじゅうに響くような声で言い争いしてた」


いつまでたっても両手でバッグを抱えたまま離さないので、名央は空いた椅子を引き、バッグをそっと取り上げてそこに置いた。

千野は気づいてもいないらしく、頬を上気させてまだしゃべっている。


「そうしたら誰でもいいから有識者を紹介しろって言うんだって。誰でもいいからっていう失礼さもあきれちゃうし、そんな恣意的な質問する気丸出しの人に、大事な先生を紹介なんてできるわけないよねえ?」


そうだな、と同意して、メニューを持たせてやる。千野はモラル以前にエチケットが云々言いながらそれを開き、すぐに黙って釘付けになった。

店員を探すふりをして、顔をそむけてこっそり笑った。

変わっていない。

そのことが新鮮。

社内にいわゆる営業職がないと言っていた通り、一般的な企業とは一線を画す環境で千野は働いているのだろう。腹の探り合いや言葉の裏の読み合いをするような、習慣自体がまったく身についていないのがわかる。

再会したあの応接室でもそれを感じた。名央が誰だかわかるまで、無邪気な好奇心とちょっとした人見知りと、上司への信頼と、どんな話が聞けるのかな、という期待しか見せていなかった千野。

ああ、こいつは今でも、損得で動くような奴にはなっていないんだ。

それが嬉しかった。

再会してから3か月ほど。それなりにあれこれあり、ようやくこうして外で打ち合わせができるくらい、信頼してもらえるようになった。と思う。

半分は紅茶とケーキにつられてきてんだろうな、と千野を見ながら考える。その千野は、隣のテーブルに運ばれてきた、うず高く生クリームが積まれたパンケーキを凝視中だ。

別に、それならそれでいい。今日は足の痛みで決行できなかった先日のリベンジだ。
< 176 / 196 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop