イジワル御曹司に愛されています
「あれがいいなら頼めば」

「でも、さすがにお昼のすぐ後で、食べきれる自信が…」


ありありと迷いを顔に浮かべて、千野が難しい顔をする。そこに潜むかすかな期待を読み取って、名央はけん制しておくことにした。


「言っとくけど、俺は手伝ってやれないからな。生クリームは食えない」

「えええ…」


千野は食べ物を残すことに並々ならぬ罪悪感があるらしく、腹具合との相談が長い。メニューも吟味し、自分の許容量の許す範囲で、最大限食物の摂取を楽しもうとするところがある。

それは少なからず食品業界にかかわりを持つ名央から見るととても好ましく、いい意味で、"普通"の家庭で育ったんだろうな、という憧れすら抱かせる。


「お決まりですか」

「待って、待って」

「日が暮れるんだけど」

「うう…」

「迷ったら両方買う主義なんじゃなかったのかよ」

「それはまた別の話!」


はいはい、と名央は二杯目のコーヒーを頼むことにし、今日話そうと思っていた、展示会の各ブースにおける細やかな規定集を取り出した。

使用NGな素材、禁止されているレイアウトなど、会場の規定とビジョン・トラストの規定を合わせると、なかなか神経質になる必要がある。主には安全のためだ。たとえば装飾に布を使う場合、不燃性のものしか許されない。

本来こうした規定は、ブース制作を請け負う代理店や制作会社が読み込むものだ。企画もしながらここまで細かいことに気を配るのは、かなりの負荷だろう。

当然、協会に対し、最初にそのアドバイスはした。だがさすがと言おうか、ひとつの案件でふたつも新規取引先が増えるのは、どうあっても許容されないらしい。

ぽかんとした名央に、松原が『驚くでしょう』と苦笑いしたのを覚えている。

非営利団体だからって、効率を追求しなくていいってことにはならないだろうに。

さすがにこれは自分たちがケアしないと進まないと考え、会社に持ち帰ってチーム全体で相談した。結果、名央は新規開拓をほかのメンバーに預け、既存の取引先と協会だけを担当することになった。


「決めた、イチゴのミニケーキにする」

「あ、まだ決めてなかったのか」

「苺と生クリームを見ると、冬だなって思うよね」

「苺の旬は春から初夏だぜ」
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