イジワル御曹司に愛されています
「けっこう楽しくやってるよ」

「そりゃなにより。あっそういえばさ、お前に渡すものが」


だしぬけに倉上が鞄を探りだした。


「なんか会社に忘れてたか、俺?」

「いや、そういうんじゃなくてね。ほら、展示会のとき、お前と仕事した人、いっぱい集まったじゃん? いい機会だと思って、寄せ書きしてもらったんだよ、お前へのメッセージ」

「え…」


なんだよそれ、とらしくもなく心が揺れた。あの忙しさの中で、そんなことをしてくれていたのか。


「あったあった、はい、プレゼント!」


しかしぽんとテーブルに置かれた、およそこの場にふさわしくない代物を見て、浮き立ちかけた気持ちはしゅっと収束した。手に取ることすらためらわれる。


「あのなあ…」

「そのとき持ってた、書けそうなものがこれしかなくてさあ」

「嘘つけよ…」


もらうどころか、早くそれしまえよ、と言いたくなる。

倉上が出したのは、『つけていないような薄さ0.01mm』というコピーの踊る、銀色の箱。こんなものを展示会会場に持ち込むバカが、どこにいる。絶対狙ったろ。


「中見てくれよ、せっかく書いてもらったんだから」

「マジで書いてあんのかよ…」

「マジマジ」


本当だった。

周囲の目を気にしつつ中を開けると、連なったひとつひとつに、油性ペンでコメントが書いてある。

名央が誘致した企業の名前もあれば、長年お世話になったプロモーターの名前もある。温かい言葉たちに、つい読みふけり、はっとその絵面のまずさに気がついた。

急いで折りたたんで、箱に戻す。コーヒーを持ってきた女性店員の目が痛かった。
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