イジワル御曹司に愛されています
「同窓会、先生に会いに行けばよかったのに」

「向こうは覚えてないだろ」

「そんなことないよ」

「お前の口からそれを聞くとは」

「ごめんってば!」


言ったほうは忘れ、言われたほうはずっと覚えているというのは、本当だ。けれどもうひとつ言い訳させてもらえるなら、私は人にそんなことを言えてしまった自分がショックで、記憶から葬り去ったのだと思う、たぶん。


「都筑くんが会いにいけば、忘れてても思い出してくれたと思うよ…」


往生際悪く言い張ってみると、都筑くんは笑い、それから「かもな」と懐かしむような声で言った。




展示会の仕事がひと段落してしまったおかげで、都筑くんと会う機会はぐんと減り、週に一回会えればいいほう。倉上さんがひとりで来ることも増え、そのたび「僕だけですみません」なんてからかわれる。

私は部のチームと展示の準備を進めつつ、普段通り講習会の運営をする日々。

三月に入ったある日、「できたら松原さんもご同席で」と都筑くんからアポの申し入れがあった。なんだろうと思いつつスケジュールを調整して、その週のうちに会うことになったのだけれど。


「辞められるんですか」

「ええ、家の事情で。展示会の開催までお手伝いさせていただくことができず、僕も不本意です。申し訳ございません」


会議室で、申し訳なさそうに頭を下げる都筑くんに、私は言葉を失った。


「来月いっぱいはおりますので、引き継ぎ等、丁寧にさせていただきます」

「後任の方は?」

「まだ決まっていないんです。急な退職なもので。ただ先日も申し上げた通り、今後のフロントは倉上が務めます。僕の後任は、バックアップとして裏で動くことになります」


松原さんがさみしそうにうなずいた。


「そうですか、どうか今後もご活躍ください。ありがとうございました」

「こちらこそ、おつきあいさせていただき光栄でした。これからも、弊社をよろしくお願いいたします」


手短な挨拶を済ませて、都筑くんが立ち上がる。松原さんと一緒にロビーまで見送りに出ても、私はまだなにを言ったらいいかわからなかった。
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