イジワル御曹司に愛されています
「さすがですね」

「残念ながら、僕じゃなくて千野の手柄なんだけどね」


都筑くんがぱっと私を見て、驚きと感嘆を表すように眉を上げた。


「念のため聞くけど、こちらの事情は」

「全部お話しして了解してもらってる。ダブルスタンバイだってことももちろん理解してくれて、それでもいいって」


私の説明に、都筑くんが倉上さんと顔を見合わせてうなずき合った。

よかった、彼らの一番の懸念を潰せたらしい。ゆうべこの先生ならとふと思いついて、松原さんに相談し、今朝一番の新幹線で新潟まで行ってきたのだ。その甲斐があった。

A3の用紙にプリントしたスケジュール表を広げ、都筑くんが言う。


「とすると、次はデッドラインです。いつまでに登壇を確定させれば、そちらの先生は準備を間に合わせることができますか?」


これはもう相談済み。私と松原さんは、ある日付を同時に指さした。


「ここです、ちょうど一週間後」

「これを越えると、"代役"レベルのことしかできなくなると」


全員がじっと、その一点を見つめる。


「わかりました。弊社側の印刷物などの対応期日も、ちょうどそのあたりです。その日の、そうですね、18時までに小木久先生から辞退の撤回をいただけなかった場合、登壇者変更ということで」

「了解。ビジョンさんには申し訳ない、これはおそらく、教授がたの非常に個人的な感情のもつれが原因です」

「いえ、そういう世界にかかわらせていただいておきながら、僕らが不勉強だったんです。今回の件はきちんと弊社内でも共有しますので」


迷いのない返答には、背筋が伸びる思いがした。松原さんが頼もしげに微笑んでいる。「それでは」と都筑くんが締めた。


「まずは小木久先生との会話が最優先。期日まで誠心誠意説得に努めさせていただきます。なにか動きがありましたら、すぐにご連絡ください」


ぴりっとした、前向きな緊張感が会議室内を覆った。



──が、前向きでいられたのもつかの間だった。


「会えない…」

「ちょっと、こっちまで暗くなるから重いオーラ持ち込まないでよ」


あかねが私の頭の上あたりの空気を手で払う。
< 97 / 196 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop