シークレット・サマー ~この世界に君がいるから~
 わたしは壁伝いに近づき、言い争いをしている相手が誰なのか、確かめようとする。

「逃げるのかよ。言いたいことだけ言って……ずるいだろ!」

 遠ざかってゆく足音が、校舎内に響く。
 わたしが廊下の曲がり角から顔を出したとき、そこに残っていたのは航だけだった。
 ポータブル式のキーボードを脇に抱え、肩を上下させている。黒いメタルフレームの眼鏡がずれたのを直しもせず、よほど興奮していて見えた。
 わたしはおそるおそる声をかける。

「……おはよう」

 振り向いた航は、一瞬で顔を赤くした。
 あ、幼い、と思った。

「……未波。……来たんだ」
「うん。ちょっと遅くなっちゃった」

 開いた窓からかすかな風が吹き込む。紙一枚を飛ばすほどの力もない、弱いそよぎ。
 やっぱりここは八年前の世界で、航は八年前の航だ。

「具合、大丈夫か?」
「大丈夫、お気遣いありがとう」

 航がほっとした顔を見せた。
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