世界が終わる音を聴いた

「ちょっと、預かるよ」

そう言って厨房に声をかけて、店の奥へと引っ込んでいった。
代わりに出てきたのは無表情の同じ顔。
お兄さんだ。
同じ兄弟でこうも表情の有無が違うか、と思うと最初の頃は驚いた。
今はもうそんなことはないけれど、久々に見ても相変わらずな人達に、ふわりと心が緩んだ。

「……お待たせしました」
「ありがとうございます」

差し出されたコーヒーを一口。
苦いだけではなく、香り高いそれはこの店の名前を冠した自慢のブレンドだ。
このお店は“美味しいコーヒーを淹れてくれるカフェ”の他、色々な顔がある。
例えば、さっきの弟さんは自身では人前で歌を披露することは無いけれど、ギターやベースのメンテナンスをさせたら凄腕のリペアマン。
本業ではないから、と公にはしていないけれど、ここに通っている間に教えてもらった。
ここのコーヒーは自家焙煎しているらしく、それを任されているのが弟さんなのだという。
曰く、凝り性なのだそうだ。
微妙な手加減や扱い方で変わるものを、探究心を満たしていくがごとく深めていく。
弟さんにとっては、コーヒーにしろギターにしろそういう対象だったのだろう。
初めて弟さんに会ったのは私がまだストリートで歌っていた頃。
私の歌に立ち止まってくれたひとりが、弟さんだった。

『ねぇ、良かったらうちで演奏しない?』

それが初めてここに足を踏み入れたきっかけであり、このお店のもうひとつの顔だった。


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