忘れたはずの恋
藤野君は大きくため息をつくと立ち上がり、カーテンを開けた。

「うわあ…酷い雨だな」

雨音が激しく聞こえる。

「吉永さん、明日は出勤ですか?」

窓の外を見ながら藤野君は質問する。

「明日は休み」

非番だわ、明日。

「へえ、奇遇ですね。
僕も明日、休みなんです」

そのままゆっくりとカーテンを閉めると藤野君は座って

「明日、仕事なら小降りにでもなれば送っていこうと思ったんですけど。
休みなら大丈夫ですね」

…はい?

「私、もう少ししたら帰るから。
一人でも大丈夫だから」

「ダメです。
帰るなら送ります、家の前まで」

藤野君を一瞬、見つめたのが悪かった。

真っ直ぐな目が私をしっかり捉えている。

外せない…。

「じゃあ、どうすればよい?」

藤野君は一体私に何を望んでいるの?

「一晩、愚痴に付き合いますよ。
僕が吉永さんの苦しい想いを受け止めます」

「…鬱になるよ」

プッと藤野君は吹き出す。

「大丈夫ですよ。
僕、そういうのに慣れていますから」

「私を帰す気は全くないのね」

ちょっとだけ弄ってみたくなった。

「うーん、今は帰せないです」

少し、困ったような顔をして

「帰るなら、付いていきますよ」

「…それは勘弁」

一瞬、家族の顔が浮かんだ。

今か今かと私の結婚を待っている両親。
先に結婚して子供が出来たのは良いけれど離婚して帰ってきた妹。

藤野君みたいな子に送ってもらったのを見られたら…大変だわ。

「じゃあ、今日はここにいてください。
…別に変な事、しませんよっ」

藤野君の顔が少しだけ赤くなった。

へえーっ、顔や声だけでなく可愛いところもまだまだあるんだね。

「そういう事にしておく」

その後、家に電話だけ入れておいた。

友達に久々に会って泊って帰るって。

そんなウソ、高校生みたいね。
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