いきなり花嫁とか、ふざけんなです。
……まぁ、それは置いておきましょう。
それよりも気になったのは、
「エゼナになったのに、ラナンの本がそのままあるんですね。」
それが意外でした。
普通なら、処分しません?
特に、こんな歴史の本とか。
歴史って、勝者がカッコよくねじ曲げて、後の世に伝えるものでしょう?
なのに、こんな物を残して邪魔にならないんでしょうか?
「よく気がついて下さいましたね。」
感心……というよりも、「説明する手間が省けてよかったです。」というような笑みを浮かべるハルクさん。
そのまま、彼は続けます。
「ソフスリー嬢は、何故だと思いますか?」
うーん。
聞かれるとは思いませんでした。
間違えると、けちょんけちょんに貶されそうですね。
えっと……
「真実のままでも凄い武勇伝になるから、でしょうか。」
シルドレッドが送り込んだ『魔法使い』。
『魔法使い』は、そこまで人数が多くありません。
正確な人数は知りませんが、『魔法使い』は一つの村に3、4人くらいしかいませんでした。
シルドレッド全員で、300人もいたのでしょうか。
そんな、一国を乗っ取るのには少なすぎる人数が、それをやってのけたのです。
もちろん、前代未聞のことですよ。
十分、ねじ曲げなくても語り継がれる、大きなことです。
私が答えると、「なるほど」と言いたげにハルクさんは自身の顎を撫でます。
「……それもありますね。別に私たちは嘘の話を作って広めようと思っていません。」
……ハルクさんの様子から察するに、半分は当たったということでしょうか。
でも、正解ではないようですね。
ハルクさんは、続けます。
「しかし、本当に必要なのは、そんなことではありません。」
「……何ですか?」
真剣に聞くと、
にこり。
微笑みなおされました。
その瞬間、ゾクリ、と背中に氷を入れられたような、冷たい感覚が。
な、なんでしょう……今までで、一番、怖い笑みのような。
そのまま、ハルクさんの顔が迫ってきます。
いや……っ!
そう言いたいのに、言葉が出ません。
そして足も、地面に縫い付けられたかのように動かない。
……それは、私の「知りたい」という気持ちからくるものだったのかも知れません。
ハルクさんの顔は、私の顔のすぐ横に。
私の耳に、彼の唇がついてしまいそうで……。
そのまま________
「貴女に知って貰うためですよ、ソフスリー嬢。」
囁き声。
耳にかかる、微温い息。
「な……にをです?」
くすぐったいそれを気にしないようにしながら、声を絞り出しました。
きっとこれは、ソルデの言っていた事と、繋がることでしょう。
つまり、シルドレッドと繋がること。
逃げちゃ、ダメ。
逃げるな。
緊張しながら、答えを待っていると_____
「さて、何をでしょう?」
返ってきたのは、ふふふという含み笑いだけ。
さすがに私は数歩下がって、ハルクさんと距離をとりました。
「……ヒントを下さい。」
「おや、最初から答えを求めないのですね?」
「ソルデからも、『見てくれ』と言われてますし、どうせ私が聞いても信じないことなのでしょう?それに、しっかりと自分の目と耳と心で直接確かめたいです。」
そう返すと、ハルクさんは満足そうに頷きました。
……多分、私が今まで見たハルクさんの表情で、初めて彼の感情をしっかりと読み取れたものでしょう。
私は、続けます。
「シルドレッドが『魔法使い』に何をしたのか。それを知って欲しいと、ソルデからは聞きました。」
「そうです。貴女の知らないシルドレッドを、貴女に知って貰いたい。」
それを知った私を、どう動かしたいのか。
それにより、エゼナはどんな得をするのか。
私を騙そうとしているのではないのか。
……考えたって、今は分かりません。
でも。
これだけは。
「ひとつ、言いたいことが。」
「……どうぞ。」
「約束して下さい。」
「何を。」
「私が逃げ出さないかわりに、シルドレッドに手を出さないことを。」
私は、ソフス領時期領主です。
それは、シルドレッドの一員ということ。
これから何を知るのか想像もできませんが、今の私はシルドレッドが大切です。
……それは今後も変わらないことを、心から願っています。
強く意志を込めた目でハルクさんを見れば、彼は口の端をさらに上げます。
……でも、目が笑っていない。
「……こちらが呑むとでも?」
「そんなに貴方達は卑怯なのですか。」
「戦に卑怯もなにもありませんよ。勝つのが全てです。」
「いいえ、違うはずです。貴方達は戦いを望んでいないと思うのですが?」
その言葉で、空気が変わったのが分かりました。
ハルクさんは、顎を撫でていた手を下ろし、真っ直ぐにこちらを見ます。
「なぜ、そう思うのです?」
その声は、表情は、冷たい。
彼の目から目をそらさないように努めながら、ゆっくりと言葉を紡ぎました。
「力ずくでどうにかしたいならば、こんなに遠回りなやり方をしなくてもいいでしょう?」
違いますか?
そう続けたけれど、確信していました。
……だって、ハルクさんの目が変わらないから。
そして、
「……正解です。」
パチパチパチパチ
静かすぎるほど静かな部屋に、拍手の音。
……よかった。
けれど、まだほっとするのには早すぎます。
「約束、してくれますね?」
「はい。私が責任をもって、王の許可を得ましょう。」
……約束してくれた。
後で、私も正式に王様のところへ約束しに行きましょう。
まぁ、あの人嫌ですけど、仕方ありません。
まぁ、約束なんてなくても手なんか出して来ないでしょうけれどね。
ただ、約束というよりも確認の方が大きいですし。
ハルクさんは、キラキラの笑みを再び浮かべ、そして、
「……冷静でいられることは、貴女の良いところですね。とりあえず、合格です。……では、ヒントを差し上げましょう。まず、『魔法使い』とは何なのかについて、調べてみて下さい。」
ようやく、ヒントが貰えましたよ。
ふぅ。
……『魔法使い』について。
『魔法使い』とは、魔法が使える人、という意味だけではないのでしょうか?
一人ひとつしか使えない、というように、驚きの情報がもっと出てくるんですかね……。
頑張って、調べましょう!
それからハルクさんは、
「こちらの書庫は、自由に使ってどうぞ。」
そう言って、鍵を差し出しました。
これには、びっくりです。
……こんなん私に渡すとか、ここの情報、大丈夫なんでしょうかね。
まぁ、でも大丈夫なようにしてあるのでしょう。
……ということで、受け取ります。
「どうも。」
「本を外に持ち出すのだけはお止め下さい。」
「分かりました。」
自由って、ここの中だけの自由ですか。
まぁ、それでも、かなり自由です。
「……期待していますよ、ルル嬢。」
あ、この人も、ちゃんと「期待している」とか言うんですね。
なんか意外です。
はい。
そう、返事をしようとして。
……ん?
なんか違和感を感じて、声が引っ込みます。
ん?なんだろ?
……黙っていると、
「ふふふ。それでは失礼します。……私のことも、ハルクで構いませんので。」
……あ、名前。
気がついた頃には、ハルクさん……ではなくて、ハルクは背を向けて、出て行った後でした。
名前。
ソルデとは違い、打ち解けられたとはあまり思いませんが……なんとなく、少し認められた、という気がしました。
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