イジワルな彼に今日も狙われているんです。
そんなことを考えながらぼんやり彼の手元を眺めていたら、ふと悪戯心がわき起こって。

思いつくまま、ぽそりと“それ”を口にした。



「……総司」



ガチャン。

尾形さんの手を滑り落ちたフォークが、派手な音をたててお皿の上に着地した。

少し遅れて「……さん」と付け足した敬称はその音にかき消され、どうやら彼の耳には届かなかったと思われる。

くっきり二重の瞳をまんまるに見開いて、固まっている尾形さん。珍しい表情だなと思いながら、無言でじっと視線を合わせていると。



「えっと……あの、木下さん?」

「はい?」



ぎこちなく発せられたつぶやきに、こてんと首を傾けて見せた。

続ける言葉が見つからないのか、再び尾形さんが硬直する。なのでこちらからまた口を開いた。



「さっき尾形さん、私のこと名前で呼び捨てしたじゃないですか。だから、私も呼んでみようと思って」

「あ。いやあれは、恋人っぽく見せた方が効果的かと思って……え、もしかして木下、怒ってる?」

「えー? ……どうでしょうねぇ」



実際1ミリも怒ったりなんかしてないんだけど、わざと含みを持たせて視線を外してみる。

案の定、尾形さんにはそんな私の態度が機嫌悪そうに見えたらしい。これまた珍しく、あせった様子で姿勢を正している。



「あの……す、すみませんでした……」



謝った。営業部のエースで何でも卒なくこなす超人・尾形 総司さんが、年下の小娘に不機嫌そうにされて謝った。

そこで私はとうとう堪えきれなくなり、今にも吹き出してしまいそうな口元を右手で覆う。



「ふ……っい、いいですよ尾形さん、今回は許して差し上げます……っ」

「……オイこら木下、からかったな?」

「い、いいえいいえ、そんなことありませんよ……っ」

「……まったく……」



尾形さんが軽くため息を吐き、ピンと伸ばしていた背筋を緩めて椅子にもたれさせた。

声は漏らさないようにしているとはいえ、思いっきり顔を逸らしつつ肩を震わせる姿を見れば今の私が爆笑してしまっていることはバレバレだろう。

ごめんなさい、と浮かんだ涙をぬぐいつつも素直に謝れば、彼は仕返しとばかりに私の髪をくしゃくしゃにかき混ぜた。

その顔は不服そうにしかめられているとはいえ、見ようによっては照れているようにも感じて。また私は可笑しく思えてしまう。
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