イジワルな彼に今日も狙われているんです。
大通りの方から、ちょうどタクシーがこちらに来るのが見えた。

右手を挙げて、尾形さんがタクシーに合図する。その後ろ姿をぼんやり見つめながら、ふと思った。


尾形さんは──……まだ、失恋した幼なじみさんのことが、すきなのかな。

きっと、そうなんだろうな。だからきっと、今日の告白だって、断ったんだよね。

私はもう、伊瀬さんに“そういう”『すき』を向けていないけど。尾形さんの場合、ずっと昔から想ってた幼なじみなんだもんね。たぶん私より、気持ちの整理だって難しいんだろうな。


……あれ、なんだろ。

なんで私、胸が、痛く──……。



「木下」



名前を呼ばれてハッとした。いつの間にかうつむかせていた顔を上げると、停車したタクシーの開いたドアの前で、尾形さんが私を振り返っている。



「じゃ、俺このまま帰るわ。悪いな一緒に駅まで行けなくて」

「あ、だい、じょうぶです。お疲れさまでした」



そばに駆け寄って答える。尾形さんは後部座席に乗り込むと、開いたドアの向こうで笑顔を見せた。



「気を付けて帰れよ。お菓子もらっても知らない人について行っちゃダメだからな」

「……私のこといくつだと思ってるんですか。そんな心配は無用です」



中腰で視線を合わせながら思わずくちびるをとがらせる。

そんな私を見てまた尾形さんが可笑しそうに笑うから、なんだか毒気を抜かれた私もついつられて笑みを浮かべた。



「尾形さん、」



その笑顔のまま、改めて彼の名前を呼ぶ。
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