イジワルな彼に今日も狙われているんです。
「木下、今週の土曜日は、空いてるか?」

「え?」



突然の話題に、ようやく私の口から声が出た。

反応を見せた私に多少緊張の糸が緩んだらしく、少しだけほっとしたような顔をして尾形さんが続ける。



「午後からでいいんだけど。もう、何か予定ある?」

「な……いです、けど……?」

「よかった。じゃあ土曜日、午後空けといて」



そこで今日初めて、尾形さんはやわらかい笑みを見せた。

その表情と、安堵したような低い声に。私の心臓は、わかりやすくまた早鐘を打つ。


ぎゅっと片手で胸元を握りしめ、小さくうなずいた。

私の反応を確認してから、尾形さんが立ち上がる。



「もうそろそろ昼休み終わるな。戻らねぇと」



腕時計に視線を落としながらつぶやく。そのまま尾形さんはごく自然に、私へ右手を差し伸べかけて──けれども一瞬、迷うようにその動きを止めた。



「(……あ、)」



私は気付く。尾形さんが私に手を伸ばすことを、躊躇う理由。



『っさわらないで……っ!』



……昨日私が、ああ言ったからだ。

尾形さんが触れることを、私が、拒絶したから。


自分の軽率な言動を激しく後悔して、心が押し潰されそうに苦しい。

ひざに置いた両手のこぶしを、ぎゅっと固く握りしめた。



「……木下。手、貸せ」



やはりまだ躊躇いがちに、それでも尾形さんが、私の名前を呼んで右手を差し出してくる。

昨日、ひどいことを言ってしまったのに。

それでもなお自分に向けてもらえたその手を見たとたん、泣きたくなるほどのうれしさが胸いっぱいこみ上げた。
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