イジワルな彼に今日も狙われているんです。
気を抜けば震えそうになる声を、必死に抑える。



「……ありがとうございます」



言いながら、尾形さんの大きな手に自分の手のひらを重ねる。

テーブルの下からぐいっと力強く引き上げられ、少し加減を間違えたのか、勢いあまった私の身体が尾形さんに軽くぶつかってしまった。

ほんの一瞬だけ、彼の香りに包まれる。尾形さんはすぐに私の肩を掴み、自分の胸から引き離した。



「……行くか」



ひとりごとのようにつぶやいたかと思えば、そのまま踵を返して出入り口のドアへと向かう。

ふたりきりのエレベーターの中、私たちはずっと無言だった。それでも私が降りる12階に到着したとき、尾形さんが沈黙を破る。



「……土曜日の件は、また後で連絡するから」



うなずいた私は、彼に背を向けてエレベーターを降りる。

背後でドアが閉まる音を確認したところで、詰めていた熱い息をそっと吐き出した。


……土曜日。一体、何があるんだろう。

考えたところでわかるはずもない。男の人が──尾形さんが考えることなんて、私にはさっぱり予想できないのだから。


先ほど、会議室で尾形さんに引き起こされたときに触れた右手を見つめる。

本当についさっき、触れていたのに。そのぬくもりはもう、とっくに消えてしまった。



『あーあ、同じ時期に揃って失恋とか残念だな俺ら。せっかくだしふたりで失恋同盟でも組むか』



私と尾形さんは、似たもの同士で。

長く続いた片思いを終わらせずにいるあの人のことだけは、絶対、すきになんてならないと思ってた。

すきになっちゃいけないと、思ってた。



「(……なのに、なんで)」



きっと、叶うわけないと。不毛だと、知っていたはずなのに。

なんで私はこんなにも、尾形さんのことをすきになってしまったんだろう。
< 79 / 106 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop