ダブルベッド・シンドローム



「あ、あの、磯田さん。書類整理終わりました。データ入力ってどうやるんですか。」

「お、早いね。じゃあパソコン立ち上げて、使えるようにしよう。社員ログイン画面にIDを入れて、パスワード設定して。」

「IDですか?」

「社員証の裏に書いてあるよ。暗記しちゃったほうがいいよ、結構使うから。」

「あ、これですね。」



話を中断させるため、データ入力を黙々とこなすのみの作業へ移るように磯田さんに訴えた。

磯田さんの教え方は、良い具合に大雑把でやり易かった。

看護師時代は大雑把な教え方をする人は大変貴重だったのだ。
木を見て森を見ずな教え方をする人ばかりだった。

細かいところの説明ばかりで大筋が見えないと、それを覚えておくことは難しかった。


「じゃ、伝票を見ながら入力してってね。これ見本。はい、頑張って。分からなかったら聞いてね。」

「はい。」



何のストレスもないまま昼休みの時間となり、私は市川さんと食堂で社食を食べた。

市川さんは食券を買うとき、塩ラーメンが美味しいだとか、酢豚定食にはパイナップルが入ってるだとか、メニューについてたくさん説明してくれた。

市川さんは、食堂の若いお兄さんとも親しげに話していた。
お兄さんは少し、他の人と話すより嬉しそうに思えた。


「でも本当に羨ましいです、宮田さん。家に帰ったら専務がいるなんて。」


市川さんは言うことも正直であった。


「まだ、最近なので、全然分からないんですけどね。専務がどういう人なのか。」

「やだ宮田さん、専務って呼んでるんですか?」

「え?あ、はい・・・。」


本当は、朝の車の中で、慶一さんから会社では「専務」と呼ぶように言われたからそうしているだけであったが、そこを説明することはないと思った。

また、私は慶一さんがこの会社の専務であると、そのときの車内での会話で初めて知ったのだった。


磯田さんとは違うのは、市川さんはそこまで根掘り葉掘り聞き出そうとはしないことだ。

というよりも、興味がないように思えた。


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