ダブルベッド・シンドローム
業務時間が終わると皆さっさと帰り始めた。
係長は何人か残っているが、うちの島は磯田さんを残して皆帰る準備を始めた。
私は片付けに手間取っていたため、皆がエレベーターで降りきってから帰ることにして、しばらく総務室で待った。
しばらくして先にエレベーターまでたどり着いた総務部の人々が、またこの室内に戻ってきた。
森さんや前原さんも、そこに混じっていた。
「あのぅ、宮田さん宛に、北山さんいらっしゃってますけど。」
「え?」
たしかに目をやると、北山さんが、総務部のフロアにやって来ていた。
ピンヒールがこつこつと音を立てながら歩く、薄いピンクのスーツの、やたらと目立つ人だ。
一度、社長が家に挨拶にきたとき彼女が車を運転しているのを見たことがあるが、それっきり話したことはなかった。
しかしよく専務は社長への伝言に、北山さんに電話をすることがあったし、話にはよく出てくる人物であったのだ。
その人が私を訪ねてきたというのは、いささか緊張するものだし、戻ってきた人々は、分かりやすい野次馬であった。
「宮田さん。お疲れ様でした。ご無沙汰しております、秘書の北山です。」
「はい。こちらこそ。」
「専務室にご案内しますので、こちらへ。」
エレベーターに乗り込むと、北山さんは野次馬を寄せ付けずに、役員フロアである十階のボタンを押した。
この狭い空間に彼女と二人きりになると、いい香りがした。
私より年上だけれども、それでも若いと、脚を見ていて分かった。
この人は、私にとって、少しばかり遠くにいる人なのだ。
「初日ですから、緊張しましたよね。」
「ええ、まあ・・・。皆さん、良い人ですけれども。緊張はしました。専務は何か私に御用なのでしょうか?」
「さあ。呼んでくるように言われただけなので、何の用事があるのかは分かりませんが。宮田さんのことを心配されているんじゃないでしょうか。・・・いえ、そんなことはないですね、専務に限って。普通に何か用事があるのでしょう。社長がらみの。」
彼女のその言い方は引っ掛かったが、しかし、専務のことをまだよく知らない私ですら、彼女の言うことには何となく共感した。
私を労って呼びつけたというよりも、社長がらみの用事があるのだろう、確かに私もそう思うのだ。