ダブルベッド・シンドローム
「菜々子さん。慶一との暮らしはどうかな?困ったことや、何か失礼なことは。」
「いえ、ありません。とても親切にしていただいています。でも、専務は帰りが遅いんですね。会食なんかも、やはり専務だと、頻繁なんですか。」
「ああ、せっかく暮らし始めたのに、なかなか帰らないなんて失礼だね。慶一、今後の取引先の接待には、私が行くから。なるべく早く家に帰りなさい。」
「・・・はい。」
しまった、と思った。
専務は、綺麗な顔を、少しだけ曇らせたのだ。
ただの近況の話の延長でも、専務との暮らしに対して、注文をつけるべきではなかった。
専務は、社長さんの言うことには、何でも従うのだ。
対等な関係になりたいと思っているところなのに、こうして力関係ができてしまうことは望んでいない。
社長さんと話すことは、もっと慎重になるべきなのだ。
一度、北山さんに任されたはずの私の送迎は、社長の指示で、専務がすることとなった。
しかも、今日は仕事を切り上げて、そのまま家に帰るというのだ。
まだ6時なのに、だ。
エントランスで車をつけて待っていた北山さんは、専務から事情を聞くと、ぐるっとロータリーを一周し、また駐車場へと戻っていった。
「ごめんなさい、専務。」
「何がですか。」
車内での専務は、怒っているわけではなさそうだった。
怒っているところをまだ見たことがないから、どの様子が怒っているのか、分からないのだが。
「帰りが遅いことについて、私は本当に何とも思っていなかったんです。何とも思っていなかったから、ああして社長に何気なく言っただけなんです。いえ、何とも思ってないというか、まあお仕事大変なんだな、と心配くらいはしていますけども。でも、こうやって早く帰ってきてほしい、ということではなかったんです。」
「そんなことはありません。社長は、僕が家にもっと早く帰るべきだ、と思っています。なら、やはりそうするのが良いと思います。」
また涼しい顔で、そう言った。