ダブルベッド・シンドローム



「・・・専務は、どうしてそんなに、社長の顔色をうかがってばかりなんですか?」


ついに、禁断の質問が口から出てしまった。

人間なら、触れられたくないことが一つや二つ、あるはずなのだ。

私だってそうだ。

前職をやめた経緯だとか、そこらへんのことは、自分の中で、触れられたくない事象に分類されていると思う。

絶対に、専務にとって、社長さんへの異常な執着はそこに分類されているはずなのだ。

それは27年間、生きてきた勘であった。


「そんな風に見えますか。」


ちょうど車は、赤信号で、キュ、と停止した。

専務はハンドルに手をかけたまま、視線だけを私の方へ向けた。


「見えるというか、なんというか、ちょっとそんな風に感じただけです。いえ、ごめんなさい、ちょっとじゃないです。かなり感じています。別に悪いことだとは思いませんが、なんでかなぁ、と思って。」

「父だからじゃないですか。多分。父親だから。」


意外と真面目に答えてくれた。

おそらくこの人は真面目に考えて、「父親だから」と言っているのだ。
アテが外れているが、彼は茶化しているわけではない。

ならば無神経な女になって、ここはもっと突っ込んだ質問をしてみても大丈夫だろう。
答えてくれるかもしれない。


「私は父の顔色も、母の顔色もうかがいません。むしろ家族だから、気を遣うようなことはないのだと思います。」

「そうかもしれませんね。」

「社長さんに、認められたいんですか?」


核心に触れる部分まで切り込んだ。

私が立てている仮説の中で、一番有力だと思っているものを持ち出してみた。


「認められたい、と思います。僕にはそれしかないですから。」

「それしか、って?」

「・・・すみません、深い意味はありません。親子といえど、社長と専務という間柄ですから、いずれ僕を社長に、と考えてもらっている以上、認められたいと思いますよ。それは当然だと思いますが。」


専務は私に、初めて語気を強めた。


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