ダブルベッド・シンドローム
「・・・専務、相談があります。」
「どうしました?」
夕飯のちゃんこ鍋をつつきながら、私はついに、社員証の件を専務に相談することに決めた。
家に帰っても会社のことばかり(というか社員証のことばかり)考えてしまうせいか、いつの間にか家の中でも、「専務」と呼ぶことが普通になってしまった。
専務はそのことについては、特に注意することもなかった。
「社員証を再発行したいのですが、手続きはどちらへ聞けばいいですか?」
「社員証を、ですか。」
本当は、そんな煩わしい手続き、それこそ総務部の管轄だということは分かっていた。
しかし、誰にも聞く勇気は出なかったのだ。
誰がやったか、分からないのだから。
犯人はきっと一人なのに、私は全員を疑ってしまい、そこから抜け出すことができなくなった。
だから専務に聞くしかなかった。
「再発行の届出書を書いていただいて、北山さんに提出して下さい。北山さんから担当部署に渡るよう、手配してもらいますから。」
「・・・ありがとうございます。」
「写真が必要ですから、明日の朝、専務室で撮りましょう。十五分ほど、早目に出ましょうか。」
「・・・そうですね。お願いします。」
専務はこれで、この話題は解決したものとして、また鍋をつつき始めた。
私は箸を置いたまま、しばらく彼が食べる姿を見ていると、やっと彼は、私の話がまだ終わっていないことに気がついた。
「どうかしましたか?まだ、ご不安なことでも?」
「いえ、あの、専務は何も言わないんだなぁ、と思って。その、私が社員証を発行したいと言っているのに。社員証をどうしたのかは聞かないんですか。」
「すみません、勝手に、無くしたものと理解して話を進めてしまいましたが。そうではないのですか?」
「はい。そうではないんです。」
私は、この瞬間のために、この鍋を作っているときから、この破片を組み立てた社員証をポケットにしのばせていたのだが、それをやっと、カチャ、とテーブルに置いて彼に見せた。
「宮田」という文字がきちんと、専務の方から見えるように、くるりと向きを回した。
「・・・これは、」
「私の社員証です。シュレッターの中から出てきました。」
「誤って、かけてしまったということは?ないんですよね?」
「ないです。」
「では、誰かやった人に心当たりはあるのですか?」
「それもないんです。」