ダブルベッド・シンドローム



北山さんたちと別れてから、私は、それまでのウキウキとした気持ちで買い物を進めることはできなくなった。

それは専務も同じようで、いや、専務は最初からウキウキとしていたのではなかったが、私ともとの、料理の器具の良し悪しの話題に戻ることはなかった。

しかし、専務にお母さんのことを聞くなら、今は不自然なタイミングではないはずだ。
よく思い出せば、直前の会話も、そのことだった気がする。

ここは夫婦の時間を取り戻すよりも、その謎に突っ込んでいくべきだろう。


「・・・あの、専務。聞いてもいいですか。」

「・・・はい。」

「先程の子たちは、その・・・」

「僕の妹たちです。ご紹介できず、このような形で会うことになってしまい、申し訳ありません。」

「いえ、それは全然、いいんですけど、話し方ですとか、何だか、ご兄妹とは思えなかったもので・・・」

「はい。父は同じですが、母が違います。父は、今の母とは別居していますので、妹たちとも、少々疎遠になっています。おそらく、そのせいかと思います。」

「そうなんですね・・・。」


専務は、ポケットから携帯を出して、メモの画面を開くと、それを編集し始めた。

私の前で携帯をいじるのは珍しかったので、少し肩を寄せて、画面を覗いてみると、私が買いたいと言っていたものが箇条書きになっていた。

すでにカートの中に入っているものを確認して、それをリストから消す作業をしているのだ。


「あとは、泡立て器とトングですね。トングとは、何ですか。思い当たらないのですが。」


無理矢理、話題を買い物に戻したことが分かった。


「トングって、ほら、こうカチカチって、挟むものです。バーベキューとかで使いますよね。」

「バーベキュー・・・」


そもそも、専務はバーベキューの様子にピンときていない様子で、そして私も、専務はバーベキューをやりそうにない、少なくとも、家族とはやったことがない、ということに気がついた。


「焼き肉店なんかでも、お肉を焼くときに使いますよね!ほら、接待なんかで行ったことありませんか?」

「接待ではあまり、焼き肉には行きませんが、でも、どういうものだかは分かりました。ありがとうございます。」

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