ダブルベッド・シンドローム
私は専務が気の毒になっていた。
手料理も食べない、家族とバーベキューをしたこともない、そして母親がそばにいない、それは精神衛生上、良くないことであるはずだ。
それにすっかり慣れてしまっていることが、家族に恵まれて育ってきた私には、信じられなかった。
「専務、今日の夕飯は焼き肉にしませんか。」
「今日ですか?ええ、いいですよ。どこか予約をとりましょうか。」
「いいえ、家でもできるんですよ、焼き肉。お肉と野菜を焼けばいいだけなんです。それで、最期は残った具材で焼きそばを作るんです。」
なぜ私がそんなことを言い出したのか、専務には分からない様子であったが、私が今晩焼き肉を食べたいと言い出したのには、ちゃんと意味があった。
専務がしてこなかったことを、したいと思ったのだ。
それは単純な同情心で、余計なお世話かもしれないが、私がそう思ったのだから、わざわざそれを避けることもなかった。
「何か必要なものはありますか?」
「ホットプレートを追加してもいいですか?最後に、食材も買いましょう。」
「分かりました。」
専務は、リストに「ホットプレート」を追加した。
私は、しみじみと、専務は悪い人ではないと感じていた。
もちろんそれは知っていたのだが、専務に足りない部分があっても、それは専務のせいではないことが分かったからだ。
彼に生活感や温かさがないのは、自己完結するだけの、ただそれだけの生活しか、送ってこなかったからなのだ。
今自分と向き合ってくれるものは、父である社長だけ、だからあんなに、社長に認めてもらおうと必死でいるのだろう。
私は勝手に、そこまで考えついていた。
すると、次は、社長への苛立ちを感じざるを得なかった。
そもそも、自分の結婚が上手くいっていないのに、私のような女を、よくもまあ、会ってすぐ自分の息子の嫁にと宛がったものだ。
私の父と知り合いだというだけで、そんな大事な決断まで、本人の代わりにしてしまえるのだ。
社長はそういうことを、随分と軽く考えているのだろうか。