ダブルベッド・シンドローム
私はこの雰囲気に対する不安に耐えきれず、専務に助けを求めるような視線を何度も送ったが、彼はそれに応えてはくれなかった。
故意ではなく、何かを考え続けているようで、視線に気づいてすら、いなかった。
「まあ、単刀直入に言うけど。うちの方で調べたら、会社の機密情報に、宮田さんが不正アクセスしてる形跡が見つかりまして。」
私が「え」、と返したが、橋田部長は、まずは俺の話を聞けと言わんばかりに、さらに説明を重ねた。
「五階の営業部の、普段使われてないパソコンからだけど、IDは宮田さんのものだったし。まあ、間違いないと思うんですけどね。ちょっとどういうことだか、説明いただいていいですかね?」
「いやぁ、あの・・・」
もう一度専務を見ると、専務は手帳を取り出して、メモをとる用意をしているのだから、私は悲しくなった。
専務もこの事情聴取の、刑事側についたのだ。
「ついでにね、該当の営業部のフロアで、その時間に宮田さんを見たって人もいるんだよね。総務部の仕事じゃ営業部なんて立ち寄らないけど、なんでそこで降りたんですかね?」
「いや、そんなはずは・・・」
しかし、五階の営業部フロアに立ち寄ったことは、たしかに実は一度だけあったのだ。
裁断された社員証のかけらを探すために、ごみ袋を持って無意識に降りたのがそれだった。
「まあ、俺なんかは疑り深い人間だから、もっと話を飛躍させるとね、どこから計画してたのかなーって思うんだよね。専務と婚約したところから?」
「え?」
「専務と婚約して、この会社の機密情報を手に入れたかったの?」
あまりに見当違いであることを言われると、「違います」という言葉も簡単には出てこないのだと知った。
私はまだ、この事件の要点すら満足に飲み込めてはいないのだ。
専務は少しだけ、橋田部長を冷ややかに睨んでいた。
橋田部長は、「言い過ぎました」と声に出して謝った。