ダブルベッド・シンドローム
「あの、何のお話か全く分からないのですが。人違いだと思います。」
そう言うと、橋田部長は、電話の向こうで聴いた舌打ちを、とうとう私の目の前でした。
「困ったことにね、アクセスした後、USBを差した形跡があるんだよ。さっそくだけど、そのUSB、持ってたら、今渡してもらっていいかな?流出すると困るからね。」
「ですから、そんなの持っていません。」
「ちょっとカバンとか、ロッカーとか見せてもらうけど、いい?」
「いいですよ。」
橋田部長は、私が専務の婚約者であることなどお構い無しであるようで、こうして専務を目の前にしていても、私をマニュアル通りに責め立てた。
私はそれを、もしかして、専務の婚約者という地位が揺らいでいるのではないかと勘ぐった。
四人でまた総務部へ移動するため、エレベーターに乗り込むと、専務と隣になった。
「専務、私じゃないですからね。」
うちのリビングで話すときのような声色をわざわざつくったものの、専務の「はい」という短い返事があるだけで、その「はい」というのが、どういう心持ちなのかも読み取れなかった。
総務室内のロッカーから盗むように自分の荷物をとってきて、またすぐに外で待っている三人のもとへ戻った。
私が戻ると、橋田部長に指示を受け、総務部長が私の席まで行って、引き出しを開く限界まで引き出した。
そして、一個一個、物を確認しながら、机の上に出していったのだ。
異様な光景に、総務部は静まり返っていた。
磯田さんも、さすがにピリピリとした空気を感じとったのか、「どうしたんですか」と声をかけることはできないようで、向かいの市川さんと顔を見合わせるに留めていた。
総務部長が、今度は空になった引き出しに、出したものを一個ずつ確認しながら物を戻していった。
「デスクにはないですね。」
総務部長が戻ってくると、橋田部長は「じゃあ、次はこっちいいかな。」と一応の断りを入れてから、私の腕からバックを奪い取った。
「はい。見てください。何も出てきませんから。」