ダブルベッド・シンドローム
慶一さんと何人かに挨拶をして回り、時折社長は私たちを呼びつけて自慢げに紹介したりした。
慶一さんは仕事の相手には多少の抑揚をつけて話しており、笑顔も作っていたが、私は先程の照れた表情がかなりツボに入っているようで、しばらく彼の表情の移り変わりばかりを見ていた。
彼を見ていると、嫌でも視界に入ってくる人が一人いるのだが、それは奥様であった。
彼女は、見ていないフリをして、慶一さんのことを見ていることがあった。
「慶一さん。」
「はい、どうかしましたか?」
「あの、私、慶一さんのお母様に、ご挨拶したほうがいいでしょうか。」
「母に、ですか。・・・えーと、」
「会社に来ているところを見たので、私、奥様がどなたかは知っているんです。知っているのに知らないフリをしたままでいいのかと、ちょっとそういう気持ちになってしまいました。ご挨拶して、余計なお世話であればそれでいいですから、ご挨拶したって言えればそれで。」
「・・・そうですね。」
ずっとちらちらと、奥様はこちらを見ていたものだから、私たちが近付いていくと、分かりやすく眉間にシワを寄せて警戒していた。
しかし、私たちが間違いなく、彼女に向かって来ているのだと分かると、奥様は観念したように、話していた人に「ちょっとすみません」と断りを入れて、体を空けた。
「久しぶりね、慶一。」
彼女はすんなりと、慶一さんに声を掛けた。
「はい。お久しぶりです。」
「うちの娘たちから聞いたわ。この間あなたに偶然会って、元気でやってたって。ご婚約者の方とも仲良くしてたって。何よりだわ。」
「はい。おかげさまで。母さんの方は、お変わりないですか。」
「ええ。」
次に、奥様は私に目をやった。
「あなたも大変ね。うちの旦那のごたごたに付き合わされてるんでしょう?」
思っていたよりも、刺のないことを言う人で、強気に構えていた私は困ってしまった。
「いえ、そんなことはありません。慶一さんも社長も、とても良くしてくれています。」
「あっそう。」
彼女はまた、眉間にシワを寄せた。
彼女が不機嫌になるポイントが全く掴めなかった。