ダブルベッド・シンドローム
痛みを訴えたわけではなく、胸を押さえる仕草もしていなかったことから、私は、少なくともこのまま数分で死んでしまうような心筋梗塞などではないことを確認できたので、周囲や慶一さんよりは、驚くほどに冷静であった。
しかし安易なことは言えないし、ここからどう行動すべきか、ここは病院ではないのだから、頼りになるのは自分しかいないと思うと、その責任がのし掛かった。
しかしそのとき私は、「自分はもう看護師ではないのだから」という言い訳は、頭に浮かばなかったのである。
私は、側に寄ってきていた社長には「大丈夫です」とだけ声をかけ、自分の側に招いた。
また、この円の中に、ホテルの従業員だけを二人ほど呼びつけた。
「携帯電話で救急車を呼んでください。番号は、1、1、9です。病状を聞かれたら、私に代わってください。その他の質問には、そちらで答えてください。」
一人にはそう伝え、もう一人にはホテルに備え付けてあるAEDを持ってくるように伝えた。
そこで、円の中に、もう一人やってきた。
「ちょっと通してください。医師です。」
浜田先生だった。
私はこの会場に浜田先生がいるということを、この数分ですっかりと頭から抜けてしまっていて、自分は冷静なようで全く冷静ではなかったことが分かった。
「浜田先生!こっちです。」
私は奥様の手首だけ持ったまま、場所を代わった。
浜田先生は誰よりも冷静で、私はさすがに、彼を頼もしく思った。
「宮田さん倒れたとこ見てた?」
「はい。突然の意識障害。目眩から数秒で失神。痛みなし。呼吸異常なし。」
「脈は?」
「130。不整脈です。」
先生は次に、川本社長を呼びつけて、会場から一旦人を出すように指示を出した。
人はなかなか退いていかなかったが、川本の奥様が「早く出ましょう」と促したので、やがて会場には、私と先生、慶一さんと社長、そしてホテルの従業員が入れ替わり頼んだ用事を持って帰ってくるだけとなった。
「宮田さん着物緩めてあげて。」
「はい。」
奥様の帯を緩めて、首から胸元にかけて大きく開けた。
心臓は問題なく動いている。
そのタイミングで、救急車を呼んだ従業員から電話を代わるよう言われ、私は状況を説明した。
「奥さん、奥さん、大丈夫ですかー!」
隣では、肩を叩きながら先生が呼び掛けるが、相変わらず目は覚めず、先生が「ちょっと失神が長いな」と呟いたものだから、慶一さんの表情は一気に不安の色が強まっていった。