ダブルベッド・シンドローム
私の言うことは何でも聞いてくれていた慶一さんが、なぜかここは粘り強く競ってきた。
慶一さんは、社長さんの機嫌をいつも気にしていた。
デートのときも、行きたいところ、食べたいもの、何でも希望を聞いてくれて、それで私から目を逸らさず全てにおいて気を遣ってくれていたのに、それでも会社の、社長さんからの電話には、私に断りを入れずに出ることもあった。
優先順位は、私より社長さんの方が上なのである。
私の職探しが、慶一さんを不甲斐ないと思われる要因となることを恐れているのである。
おそらく、私が壊してはいけないものは、ブロック型の栄養補給食品でも、ミント味のガムでも、生活感のないこの部屋でもない。
慶一さんにとっての社長さん、きっとそこなのだ。
そこだけは私が崩していいものではないのだ。
しかし私は、なぜか、今までで唯一、ここだけはぶち壊さなければ気が済まなくなった。
「じゃあ私が社長さんに言いますよ、慶一さんのせいではありませんって。だって本当に違うんですもの。もとから家でじっとしていることに向いている人間と、そうじゃないのがいるんです。実家では母もいて、犬もいて、たまに小さい姪っ子もいたから騒がしくて分かりませんでしたが、専業主婦は私には向いていないんです。」
「菜々子さん・・・。」
彼の弱ったような表情は初めて見るが、爽やかな造形がわずかなマイナスの感情に崩れていくのは、身震いがするほど趣深かった。
慶一さんは、多くの女性が理想とする外見と雰囲気を持っていた。
それはエロティックな男らしさというものではなく、爽やかで、清潔で、そして紳士的なものであった。
柔らかい言葉を使い、透き通る声をしていた。
高身長で、体に合ったグレーの細身のスーツが良く似合っていて、全く非の打ち所がないのである。
その人を困らせているというのは、少しだけ気分の良い眺めであった。
「慶一さん、パートでもいいんです。ちょっとだけでも。」
ここで私の意見が通らなければ、彼の中で、私は一生、社長さんより上には行けない気がした。