ダブルベッド・シンドローム
私は今は、一秒も慶一さんの傍を離れたくなかったが、奥様の口ぶりでは、慶一さんはここで、私とともに奥様と話をすることを許されていないようであった。
私は「すぐに戻ります」と慶一さんの背中に手を添えながら、ロビーで持っているように促した。
慶一さんが出ていくと、奥様はさっそく切り出した。
「どうもありがとうね。貴方が対処してくれた、って聞いたわ。看護師さんだったんですってね。」
「はい。すぐに回復されて何よりです。・・・甲状腺炎ですか?」
「昔から弱いのよ。とにかく、ありがとう。」
私は、この景色、病室の窓から外を見つめる奥様の側に佇む私、その絵面が、いつかの自分が、あの日、この場所、ここにいて、そしてあの人と話したことを思い出していた。
あの人の顔は、もう思い出せない。
あの人は、この奥様のような、同じ年回りの女性で、もっと儚げで、毒のない、爽やかな人だった気がする。
私はここで、あの人に、人の命がどういうものかを教えてもらい、そして、自分はそれを扱うに至らない人間だということを思い知ったのだ。
「お母さま。あの、どうして、慶一さんを避けるんですか?」
「・・・。よく意味が分からないわ。」
「避けてますよね。」
ここで、奥様に問い詰めるべきだ、と、あの人に言われている気がしたのだ。
生きているうちに解決できることは、生きているうちに解決するほうが良いに決まっているのだ。
「・・・余計なことに首を突っ込まないで。」
「余計なこととは思いません。慶一さんを悲しませるようなことは、やめてください。私は慶一さんの傍にいて、彼がどれだけお母さまを大切に思っているか、いつも感じています。どうしてそれに応えてあげないんですか。」
奥様は点滴の刺さった腕を、私の言葉を蹴散らす要領で動かしたので、カシャンと音が立ち、そして私がその音に驚く間もなく、彼女自身が怒鳴り声をあげた。
「貴方に何が分かるの!?」
私はこの人の気持ちは、何も分かってはいない。
「私だって、愛せるものなら、あの子を愛したかったわよ!」
激昂する奥様が、このまま血圧が上がって死んでしまいやしないかと、あの人のことがあってか、私は無意味に心配になった。