ダブルベッド・シンドローム
我慢ができずに、私は専務室に乗り込んでいこうかと思い、エレベーターで役員フロアへと上がったのだが、私は、専務室へ向かう途中にある秘書室に、直接訪ねればいいのではないかと思い直し、そうすることにした。
しかし、ドアの前に立つと、果たして私は、北山さんにとってどういう存在であるのか、と、疑問に思った。
彼女と仲が良いわけでもなく、話したことも何度かしかないのに、私が一方的に抱く憧れというのは、不自然なものではないだろうか。
要は私がこのドアをノックすることなど、これから左遷とやらを控えた北山さんは、求めてないのではないかと、つまりはそう思い、不安になったのだ。
そしてもし迷惑なのであれば、私は家に帰ってから、ゆっくり慶一さんに事情を聞けばいい、それで済むことなのではないかと思った。
しかし悩んでいる時間が長かったからか、そのドアは、内側から開いてしまった。
「・・・あら、宮田さん?どうかしたんですか?」
「あ、い、いえ、その、」
北山さんは今日も、薄いピンクのスーツで、綺麗に巻かれた髪を一つに結い上げていて、隙のない、完璧な女性だった。
しかし、ドアから見えた秘書室の中では、彼女の私物はすでに段ボールの中に仕舞われていて、今出てきた彼女の手元には、社員証や名刺の束が握られていて、これからそれをどこかへ返却しに行く様子であった。
「あの、大阪へ行くって、」
「ええ。そうよ。」
彼女は急に、私に敬語を使うことをやめた。
「子会社に飛ばされるの。」
「あの、どうして、北山さんがそんなところへ行かなくてはならないんですか?社長は何も言わないんですか?」
「いえ。きっと社長は介入してくれたんだと思うわ。だからこんなに寛大な措置で済んでるのよ。」
「寛大?」
私はついに、「北山さんは何をしてしまったんですか」と聞いていた。
彼女は、何一つ、表情を変えずに、「機密情報に不正にアクセスしたからよ」と答えた。