ダブルベッド・シンドローム
─それは白木山病院で働いていたころ、看護師の私は、とある入院患者と仲良くなった。
そのころはちょうど、私も慣れない入院棟勤務となり、ユリカとも離れてしまい、あまり気分が晴れない日々を送っていたのだ。
彼女は、藤沢桜さんという名前で、何年もこの病院に入院しているらしく、新顔の私に先輩のように温かく接してくれた。
一回りほど年上で、私の母と同じくらいの年であったが、彼女は末期ガンと診断されていた。
彼女はとても綺麗な女性だった。
綺麗な女性というのは、「元気だったころはきっと」という私の予想であり、今の姿は、髪は抜け落ち、筋肉のない骨の浮いた体で、そして目の回りはパンダのように真っ黒であった。
それでも、他人には明るく振舞い、いつも笑顔でいた彼女を、私は尊敬していた。
彼女と特別仲良くなったのは、最初は彼女に、同情していたからだった。
彼女のような人に声をかけることが、看護師としての仕事だと信じてやまなかった。
彼女には、彼女を心配して見舞いに来る人が、誰一人いなかったのだ。
たった一人、ごくたまに来ていたのは、着物姿のお婆さんで、それは彼女の母親ではなかったらしいのだが、着替えを持ってきてはグチグチと文句を言って、いつもすぐに帰っていった。
そのお婆さんは、大層なお金持ちだと、身に付けているものや話し方、振舞いから、容易に予想できたのだが、この病院ではそれは珍しいことではなかった。
しかし、桜さんは、そうではなかった。
とても気さくに笑う人だったのだ。
私と同じく、ブリザードフラワーが趣味で、よく車椅子で病院の花壇に下りては、内緒で花瓶にさしていた。
「桜さん聞いて下さいよ。今日母と喧嘩したんです。いつ実家を出ていくのか、って。ここだけの話、実は私、失恋したばかりなんですけど、もう母のそういう話が、余計にストレスになっちゃって。」
よく、そんな何でもない相談を持ちかけていた。
「お母さん、菜々子ちゃんに幸せになってもらいたいんだね。焦らせちゃダメだって分かってても、言っちゃうんだよ。私、お母さんの気持ち分かるよ。」
「本当ですか?」
私はいつも、桜さんに、結婚しているのか、子供はいるのか、ということを聞けなかった。
なぜなら、いたとしても、会いに来ているところを見たことがないから、きっと良い関係ではないと分かっていたのだ。