ダブルベッド・シンドローム
個室に備え付けられている外線電話の、手のひらに吸い付くように軽い受話器を耳にあてて、私は手帳に書かれた番号を、ひとつひとつ、震える指先で、焦点を定めながら、順番に沈めていった。
三つほど押すたびに、彼女がこちらを見てはいないか、振り向いて確認した。
眠っていることを確認すると、また続きを押し始めるのだった。
押し終えて、受話器の向こうから聴こえてくる、重苦しい呼び出し音よりも、私は、私の心臓の音の方が、大きく感じていた。
まず私の心臓の音がこの空間全体に響いていて、受話器の呼び出し音は、廊下の向こうから、遠くで鳴っているように聴こえていたのだ。
呼び出し音は、とてつもなく、長く感じた。
おそらくは、五回ほどしかコールしていなかったと思うが、私には、十コールくらい待っていたような気がしていた。
その呼び出し音が鳴っている間に、私は、私の心臓と呼び出し音以外の音が鳴っていないんじゃないかと、静かすぎて、桜さんの呼吸が止まってしまったんじゃないかと、不安に襲われたのだが、私は、この電話を切ることも、振り向いて確認することもできなかった。
『お待たせ致しました。申し訳ありませんが、社長は席を・・・』
誰か出た。
「あの!!」
相手は女の人であった。
『はい。』
「えっと、その、私は宮田と申しまして、お伝えしたいことがあって、」
『申し訳ありません、会社名もお聞きしてよろしいですか?』
「会社名・・・えっと、白木山病院です。看護師の宮田と申します。」
『失礼致しました。いつもお世話になっております。機器の不具合につきましては、申し訳ないのですが、コールセンターの方にお掛けいただければと思うのですが・・』
「あの!藤沢桜さんのことで!」
意味の分からないことを言われて本題にたどり着けないと感じた私は、早々に桜さんの名前を出したのだが、電話の向こうの女の人は、数秒黙り込んで、そのあと、声のトーンをぐっと落として続けた。
『・・・藤沢桜さんの、どのような件でしょうか?』
「桜さんのことで、この携帯の方にお伝えしたいことがあるんです。あなたは違う方ですよね?」
『・・・はい。しかし、その件では、お取り次ぎすることはできません。許されておりませんので。』
「いえ、あの、」
『申し訳ありませんが、』
「待ってください!藤沢桜さんが、もう、あの、おそらく数日で、あの、亡くなってしまうかもと、うちに入院してて、それで、貴方のことを、ずっとその、」
私が、声がひっくり返るくらいに泣いていたことで、それが受話器の向こうにも伝わったらしく、相手は話を聞かずに相槌をうつことを、とりあえずは止めていた。
しかし、それから相手が黙ったまま数秒後、一方的に電話は切られてしまったのだ。