暁天の星
「わたしさあ、パンダ見た記憶なんてなくて、こいつらと行った時に初めて見た感覚だったんだよ。」
どうやら晃も見た記憶がないらしい。
「僕も。」
息を吸った。
「見たかもしれないけど、覚えてない。」
真っ直ぐ、前を向いてそう吐き出した。
別になんてことない、普通の会話を晃は上手に掬ってくれる。
指の間から溢れないように。
「じゃあ、今日初めて見るようなもんだな。記憶の上書きだ。」
「上書き?」
「那月さ、過去に囚われなくていいんだよ。思い出は思い出として取っとこうぜ。」
言ってる意味を理解できなかったんじゃなくて、飲み込もうとしてないことは明白だった。
「前と今を比べたりなんかしなくていい。楽しかったことはそのまま残しておけばいいし、辛かったり忘れたいことは、これからの楽しいことで塗り潰すんだよ。」
僕を見てニッと笑う晃に、僕は心を寄りかからせてもらっていたんだ。
それを知らなかった。気づけなくて、遅くてごめんね。
「ま、パンダ見なくても世界は変わらず回るからな。期待しすぎないで見に行こう。」
「うん。」
みんなの背中を追いかけながら晃と歩いた。
時の流れがゆっくり感じた夢みたいな空間を、僕はきっと忘れない。