SaltyTriangle*
相馬家之墓
そう彫られた立派な墓石の前で、楓はぼうっと座り込んでいた。
雨に濡れるのなんてお構い無しに、焦点の合ってない瞳はどこを見ているのかわからない。
ほんの数メートルの距離で、楓の名前を呼ぶ。
「…楓、」
聞こえてるはずなのに、絶対、聞こえる距離なのに。
楓は相変わらず座り込んだまま。
その瞳にはきっと今、何も映ってない。
五感の全てが麻痺したように、固まる楓。
そっと近づいて、雨に濡れる楓の髪に触れた。
「楓、私だよ。梓だよ………っ、遅くなってごめんね……。」
そのまま、私も同じように座り込んで、冷え切った身体をギュッと抱きしめる。
“雨が怖いんだ。”
そう言った楓は、小学3年生だった。
出会ったばかり、私に心を許してくれたばかり。
雨が怖い、と楓は言った。
“嫌い”ではなく、“怖い”と。
自分の目の前でスリップした車、衝突する、飛ばされる母親、流れ出る血。
その日の降りしきる雨は、楓にとって恐怖でしかなかった。
もう高校生、雨に怯える楓は、もういない。
だけど、母親の命日に母親のお墓の前で、突然襲ってきた雨に、楓の精神はもつだろうか、と。
それだけが、心配で。
案の定、放心状態で座り込む楓。
やっと私の存在に気づいて、ボソッと呟いた。
「………雨だ。あの日と、同じだ。」
「違うよ、目の前にいるのは私、楓は高校生、もう弱くなんかない。違うよ、何もかも。」
抱きしめた身体をそっと離して、楓の目を見た。
その目からスゥッと流れた一粒の雫を、今は見なかったことにしよう。
「帰ろう。一緒に帰ろう?」
家からずっと握りしめていた一本の傘をようやく開いて、楓に差し掛ける。