ホテル王と偽りマリアージュ
何度も角度を変えて触れ合わせながら、私の唇を食む。
舌先で唇を突つかれた時、息苦しさからわずかに開いてしまった。
一哉は容赦なく浸入してきて、舌を絡ませる。


酸欠なのかもっと違う理由なのか、私の胸は限界を越えてドキドキと高鳴っている。
思わずギュッ目を閉じると、目尻から生理的な涙が零れた。


「っ、は……」


小さな吐息で私の唇をくすぐりながら、一哉がようやく唇を離した時、私も彼も息が上がっていた。
温もりが離れていくのを感じて、私はそっと目を開ける。


「……ごめん」


一哉は私から視線を逸らしながら、片方の手を離し、その手で私の目尻の涙を拭ってくれた。
そんな仕草にドキッとしながら、私も彼から顔を背ける。


「本当に愛し合ってるわけじゃないのに、こんなのおかしいよ……」

「うん。……悪かった」


まるで惰性のような謝罪が返ってくる。
私は、掠れる声で『一哉』と名前を呼んだ。


「夫婦のフリなんかしてるから、混乱してきてる。私たち」


弾む息で胸を喘がせたまま、私は出来る限り冷静に、声の抑揚も殺してそう言った。
「え?」と、戸惑うような声が返ってくる。


「幸せな夫婦を装ってるせいで、どこまでが嘘か境界が曖昧になってる。一哉も錯覚を起こしてるだけ」

「錯覚?」


そう、と返事をしながら、私はゆっくり上体を起こした。
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