ホテル王と偽りマリアージュ
一哉が演技の成果をどうぶち壊したって、私個人的にはなんの影響もないのに。
こんなに涙が止まらないのは、私が本当に悲しくて悔しくて切なくて……。


「ふ、ううっ……!」


込み上げる嗚咽を堪えようと、両手で顔を覆って隠しながら、一哉に背を向けた。
その途端に。


「ごめん、椿っ」


私を追い掛けるように立ち上がった一哉が、後ろから私をギュッと抱き締めた。
肩から全てを覆い尽くすように、胸の前で強く交差する一哉の腕。
その力強さにドキッとして。


「……ごめん。ごめん」


肩にのせられた一哉の顎が動いて、私の耳元で謝罪を繰り返す。
その吐息のくすぐったさに、きゅんとする。


「な、んで、抱き締めるの?」


顔を両手で覆い隠したまま、しゃくり上げてブツ切れになる声で訊ねる。
一哉は一瞬短く息を飲んで、私の肩口で首を横に振った。


「……わからない。でも、椿、泣いてるから」


ちょっと戸惑ったような、混乱したような、どこか苦しげな一哉の声に、耳をくすぐられる。


「俺のせいで椿を泣かせたくない、って思ってる」


彼の声色と口調、その二つがあれば、一哉の中でまだ契約を見直すことが出来ていないのは伝わってくる。
彼にとっては、こんな力強い抱擁にも、泣く子をあやすのと同じ意味しかないのかもしれない、けれど。
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