ホテル王と偽りマリアージュ
眉を寄せただけで高級な品々には興味も示さず、一哉さんはスクッと立ち上がった。


「あと、名前。『さん』いらないよ。ファーストネームの呼び捨てで結構だから。椿」


シレッとそう言われて、ドキッとする。


彼は私より四つ年上の三十二歳。
今まで年上の男性を名前で呼び捨てにしたことなんかなかったけれど。


どうせ期間限定だ。
契約とはいえ、主導権は全て彼にある。
私は従順に『一哉』と呼んだ。


「でも、どれもすごく立派なものだし。しまっとくだけっていうのももったいないんじゃ……」


私がそう呟くと、一哉はフフッと小さく笑った。


「一年後には、全部椿にあげるよ」

「慰謝料代わりってこと?」


思わず本音でそう返すと、一哉はやっぱり面白そうに私を見下ろす。


「そんなケチ臭いこと考えてないよ。欲しいなら持って行けば、ってこと。それに、こんなの全部解いて片付けてる暇、ないんじゃないの? 君、仕事続けてるんだし」


揶揄するような一哉の返事に、私はなんとなく自分の手元に視線を落とした。
左手の薬指に嵌ったキラキラのマリッジリングが、いやでも視界に飛び込んでくる。
そして、チラッと視線を向けた一哉の左手にも、お揃いのリングが光っている。


「……辞めるわけにはいかない。だって、一年後には全部元に戻るんだから」


そう、一哉には散々辞めろと言われた。
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