ホテル王と偽りマリアージュ
とは言え、手荷物検査に向かうゲートの入口はだいぶ混雑している。
中に入っても出国審査に時間がかかるのは予想出来る。
余裕をもって中に入って、余った時間はラウンジでゆっくりしようかと、私は手荷物片手に椅子から立ち上がろうとした。


その時、すぐ隣に勢いよく座った人のおかげで、連結されている椅子が大きく揺れた。
一瞬立ち上がるタイミングがずれた私は、なにげなく隣に視線を投げてから再び腰を浮かそうとして。


「これからニューヨーク?」


長い足を組み上げながら私にそう訊ねてくる要さんに、ギクッとしながら顔を強張らせた。
私の反応を横から軽く見上げながら、要さんは口角を上げて笑う。


「そんな怖い顔しなさんな。椿さんの魅力は地味で控え目なところなんだから」


どう聞いても褒められてるようには聞こえない。
要さんはそんな言葉をいけしゃあしゃあと放ちながら、肘掛けに置いた私の腕を掴んで止める。
反射的に腕を引っ込めようとした私に肩を竦めて、割とすんなり手を離してくれた。


「そこまで嫌うなよ。いくら俺でも、好きだと思う女から、毛逆立てて警戒されちゃ傷付く。俺もこれからフランクフルトだから、そう長いこと時間は取らせないよ」


そう言いながら、要さんは電光案内板を顎でしゃくって示した。
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