ホテル王と偽りマリアージュ
彼の言うフランクフルト行きは、私より三十分出発時間が早い便だ。
確かにそれほどゆっくりしている時間はないかもしれない。


「フランクフルト……お仕事ですか?」


警戒心を研ぎ澄ませたまま訊ねると、『そう』と溜め息混じりの返事が返ってきた。


「要さんの本当の目的はアメリカのホテルじゃなくて私だ、って一哉は言ってました。でも仕事でフランクフルトってことは、下剋上の公言実行ってことですよね」


嫌な緊張でドキドキする鼓動を落ち着かせようと、意識的にゆっくり低い声で言ったら、どこか探るような口調になってしまった。


「そうだよって言ったら、今ビンビンに張り詰めてる警戒心、少しは解いてくれるのかな」


逆に探り返すような瞳に、肩に力が籠ってしまう。


「まあ、俺も少しはカッコいいとこ見せないとね。椿さんは相当鉄壁だから」

「っ……どうして私なのかわかりません。仰る通り、私は地味で華のない女ですから」


どこまでも飄々とした態度で話の核心を惑わす要さんに焦れて、私の方からストレートな質問をしてしまった。
慌ててギュッと唇を噛んでももう遅い。
要さんは一瞬だけ目を丸くしてから、すぐにニヤリと意地悪な微笑みを浮かべた。
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