ホテル王と偽りマリアージュ
ここは私も心を鬼にして、一哉の妻という権力に甘えるしかない。


「頑固だねえ~。俺の嫁は」


からかうような間延びした声に一瞬ドキッとしてから、私は頬を膨らませて一哉を見上げた。


言わずともわかるんだろう。
一哉は私が同じことを繰り返す前に肩を竦め、書斎のドアに向かった。


「あ、それから。急で悪いけど、明日の夜、うちの本邸で親族主催の結婚祝いしてくれるみたいだから。椿、予定空けといて」


思い出したようにそう言う一哉に、私は地味に緊張しながら大きく頷いた。


「定時後だから、俺が経理部まで迎えに行く」

「え、いいよ。自分で……」

「いい。ついでに、『妻』の職場を視察するいい機会だから」


一哉はどこまでも涼しい様子だけど、次期社長が訪れたりしたら、きっとうちのオフィスは大騒ぎに違いない。
先に課長辺りに一言言っておくかと考える私をチラッと見遣るだけで、一哉は書斎のドアに手を掛けた。


「あ、一哉。夕飯……」


反射的に立ち上がると、一哉は私に背を向けたまま、軽く身体を伸ばして「んー」と言いながら振り返った。


「椿、君は? 俺は適当でいいんだけど」

「あ、私も……」

「じゃ、宅配ピザとか取る? 俺、結構好きなんだ」


一哉が宅配ピザなんか食べたことあるとは思わなかった。
半分素で驚く私に、『注文しておいて』と一言だけ残し、書斎の向こうに消えていった。
< 18 / 233 >

この作品をシェア

pagetop