ホテル王と偽りマリアージュ
私の後から玄関に入ってきた一哉は、なんだかとても渋い顔で後ろ手でドアを閉めた。
そのまま黙って私を追い越し、リビングに向かってしまう。


セレブのお相手は一哉はお手の物のはずなのに、やっぱりそれなりに疲れるのかな。


首を傾げながら履き慣れていないピンヒールの靴を脱ぎ、高低差にちょっと戸惑いながら一哉の背を追ってリビングに入った。


「すぐにお風呂にお湯張るから。一哉、ゆっくり入ってきて」


私も通常の仕事の後で疲れたけど、一哉の方がお仕事はハードだ。
契約とはいえ、ここは一応旦那様を立てる貞淑な妻を装って、一哉を労ったつもり。


なのに、一哉は綺麗な顔をどことなく不機嫌に歪め、返事もせずに上着とネクタイをソファに放り投げた。
そしてなんだか妙に深く大きな溜め息をつき、ドスッと音を立ててソファに腰を下ろす。


「一哉?」


憚りもしない剥き出しの不機嫌が気になり、バスルームのコントロールパネルに向かい掛けながら、私はそっと振り返った。
一哉は一度シートに深く背を沈めてから、むくりと身体を起こした。
大きく開いた膝の上に肘をつくと、顔の前で両手の指を組み合わせ、ジッと私を見つめてくる。


「な、なに?」


一哉の瞳は、至近距離からまっすぐ見上げると、青みがかっていてとても綺麗だ。
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