ホテル王と偽りマリアージュ
短い反応を返しながら顔を上げると、一哉がわずかに険しい表情を浮かべていた。
まっすぐ私を見下ろす瞳に、ドキッとする。
私は慌てて大きく首を横に振った。


「ほんとに?」


開けたドアを押さえて、私を先に通してくれながら、一哉は私にそう訊ねる。


「ほ、ほんと。あの、ちょっと緊張しただけ。なんか……皆藤家の人たちって、綺麗でカッコいい人多いよね。普段の私じゃあんな美形絶対にお目にかからないな~って」


強張りそうになりながらもなんとか笑って誤魔化す。
靴を脱ごうと屈む私の頭上で、一哉の苦笑が聞こえた。


「なに、その俗物的な感想」

「いや、本当に! 一哉とは違ったタイプのイケメンだよね」


はは、と乾いた声で笑いながらゆっくり身体を起こす。
目線を上げる前に、私に一哉の影が下りたのを感じる。


「なに。もしかして、要にドキドキしたの?」


いつもよりちょっと低いトーンの一哉の声にドキッとしながら、私は思わず顔を上げた。


「なあ、椿。まさか要に惚れちゃった?」


どこか不機嫌そうに目を細めて、一哉が私に一歩足を踏み出した。
身体の間隔を保とうと一歩後ずさった背中が、壁にぶつかってしまう。


「い、一哉? なに言ってんの?」

「なに言ってんだろ。自分でもそう思うけど……ちょっと妬ける」


グシャッと髪を掻き乱して、一哉は更にもう一歩私に近付いた。
せっかく保った間隔が簡単に縮められてしまう。
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