ホテル王と偽りマリアージュ
これも彼の意地悪な探りだったと気付く。
新婚ホヤホヤで一哉が海外出張なのに、時差がどうとか理由にならない。
電話の一本もしていないことは、不信感を煽るに違いない。


『しまった』と思ってももう遅い。
それでも言い訳を考える私の頭上で、要さんはクックッと肩を揺らして笑い出した。
『慌てて言い訳しなくていいよ』と言われてるみたいで、焦りで変な汗が額に滲んだ。


「今夜はなるべく早く帰った方がいいよ。きっと一哉から電話が来るから」


なのに要さんはなんだか予言めいたことを呟く。


「は?」


思わず素で聞き返す私の肩に、要さんがポンと手を置く。
反射的に肩を竦めた私にそっと顔を寄せて、内緒話でもするように囁いた。


「一哉が不在の間の君の頑張り、ちゃんと俺から報告しておいてあげるから」


一瞬言われた意味がわからず、私は大きく見開いた目で要さんを見つめて、何度も瞬きをした。


私の反応を満足そうに観察して、要さんは口角を上げてクスッと笑う。
そして、謎の予言の説明はしてくれないまま、「じゃ」とスマートに手を振って、美術館の奥の方に歩いて行ってしまった。


私からその姿が確認出来る間だけでも、何人もの女性に声を掛けられながら。
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