ホテル王と偽りマリアージュ
それを見た瞬間、さっきのセレモニーで要さんに言われた『予言』を思い出した。
いや、もしかして本当に電話が来るかもと期待して、バスルームに持ち込んでいたことを自覚した。


裸のまま携帯を操作しようとして、小さなくしゃみが出る。
私は慌てて浴室内に戻り、再度浴槽のお湯に浸かった。


「もしもし……?」


狭い浴室に、私の声が響いた。


「椿?」と私の耳に返される一哉の声。
その後ろにはなにやらザワザワした音が聞こえる。
車のクラクションなんかも混じるから、もしかしたら街中を移動中なのかもしれない。


「一哉……」


呟くように名前を呼ぶと、「ん?」と短い声が返ってきた。


「どうしたの? 今、どこ?」


お湯の中にしっかり肩まで沈みながら訊ねると、電話の向こうで彼がわずかに苦笑した気配を感じた。


「マンハッタンを移動中。って言うか……椿、まさか今風呂? 声が反響してるけど」

「あ、うん。そう」


特に気にせず返事をすると、一瞬一哉が黙り込んだ。


「一哉? どうしたの?」


国際電話なのに無言じゃもったいない。
そんな気持ちで促すように呼び掛けると、クスッと小さな笑い声が聞こえた。
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