ホテル王と偽りマリアージュ
「ああ、ごめん。俺これから出勤なのに、ちょっと幸せな妄想した」

「え?」

「要からメールもらって、イラッとした後だから、特に。って、なにを対抗してるんだろうね、俺」


一哉の口から要さんの名前が出るのを聞いて、ギクッとしながら身体を起こす。
水面が揺れて軽くパシャッと水音がした。


「か、要さんからなにを言われたの?」


なんだか嫌なドキドキで心臓が騒ぎ出し、私は思わず勢い込んでしまう。


「週明けから、椿が俺の代わりに頑張ってくれてるってこと」

「それでイラッとしたの?」


一哉がなにか隠して黙っていようとしてる空気を感じて、私はそう言って畳み掛けた。


「まさか。イラついたのは……椿の頑張りを要からの情報で知ったってことと、要に言われて初めて、椿に電話する口実が出来たってこと」

「え?」

「俺が不在の間、どうしてるかなって気にしてたんだけど。電話して『どうしたの』って言われたら、どう答えりゃいいんだろう、とか考えて出来なかったから」


一哉はどこか早口でそう答えた。
彼の言葉にドキッとしながら、その意味は私もなんとなく理解出来る。


私たちは本当に愛し合って結婚した夫婦じゃないから。
ただの契約でしかない相手を気にして、海外出張中にわざわざ電話をする必要はどこにもない。
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